文字サイズ

聴覚障がい児の教育現場におけるICT機器活用状況

~平塚ろう学校の事例~

平塚ろう学校 校舎
近年、テクノロジーの進化に伴い、障がい者のためのICT利活用が進んでいます。また、文部科学省では、学校教育分野、社会教育分野の情報化を推進しています。
そのような背景の中で、障がい児へのICT利活用はどのようになっているのでしょうか。

今回は、聴覚障がい児の教育現場でのICT機器の活用状況について取材するため、神奈川県立平塚ろう学校を訪問しました。

平塚ろう学校について

小学部の廊下のイメージ

小学部低学年の教室前廊下の様子

神奈川県立平塚ろう学校は、神奈川県内唯一の聴覚障害教育部門の特別支援学校です。
大正14年4月に私立中郡ろう話学校として設立され、昭和8年には県に移管されました。

現在は幼稚部から高等部まで、100名超の幼児・児童・生徒が在籍しています。
また、乳幼児教育相談や、通級指導教室、巡回教育相談なども行い、聴覚に障がいのある子どもや、その家庭の支援をするセンター的な役割も果たしているそうです。

学校はJR平塚駅からバスで10分ほどの場所にあります。
一歩足を踏み入れた校内は、自然光があふれ、木のぬくもりが感じられる居心地の良い空間になっていました。

施設全体を見学させていただきましたが、一般の学校よりも掲示物が多い印象です。
近年、一般の学校では掲示物を減らす傾向にありますが、聴覚障がい児は健常児よりも視覚を用いた情報が主となるため、視認性を大切にする取り組みがされていました。

情報保障のための機器・装置

先生方とお話していると、たびたび出る言葉が「情報保障」。
情報保障とは、障がいにより情報を収集することができない方に対し、代替手段を用いて情報を提供することです。特に聴覚障がい者に対するコミュニケーション支援を指す言葉として使われます。

校内では、この「情報保障」のための機器や装置が随所に見られました。

モニターと体育館ステージ横スクリーン

情報保障のため機器

校内の各所にはモニターが設置してあります。
これはテレビとして使うものではなく、全校的に通知することを表示する用途で設置されており、配信元は職員室です。
非常時にはここに避難のための情報が表示されます。

体育館のステージ横には、白いスクリーンが設置してあります。
これは、学校行事の際、壇上の方が話している内容を文字にして映し出したりするために使われるものです。
たとえば始業式の校長先生の講話などは、手話通訳のほか、文字情報も付けるようにしているそうです。
そのため、その日の講話の内容は事前に文字にして準備しておくとのことでした。

これらはすべて、情報保障のための機器です。

授業の様子

iPadを活用した授業の様子

授業の様子:黒板の一部がスクリーンになっていて、そこにiPadの内容を投影しています

小学部4年生の理科の授業を参観しました。
黒板の一部が白いスクリーンになっていて、そこにiPadの画面からスライドを投影しながら授業が進みます。スライドは先生が事前に準備したもので、その内容に沿ったプリントも併用していました。

子どもたちの座席は半円を描く並びで、どの席からも黒板とスクリーン、そして友だちの発言(手話表現)がお互いによく見えるようになっています。
後方には個別フォローに対応される先生が二人、適宜サポートにあたっていました。

中央に立つ先生は、手話と声を同時に発信します。
言葉を出すとき、先生の体は常に子どもたちの方を向き、口と手の動きは非常に丁寧、声も聞き取りやすく明瞭でした。

iPadのスライドには静止画だけでなく音声を含んだ動画もあり、学習内容が分かりやすく解説されています。
またスライドを止めてグループワークをする時間もありました。
デジタルとアナログの長所を活かして進められる授業は、参観しているこちら側にもメリハリ感が伝わります。
子ども達の集中力が途切れない活気ある内容でした。

先生方にICT活用について聞いてみました!

副校長 吉田浩司 先生の写真

副校長 吉田浩司 先生

聴覚に障がいのある幼児・児童・生徒の教育に特化した平塚ろう学校の先生方に、ICTの活用について聞いてみました。


現在活用している機器やアプリの実例を教えてください。

使用している機器として幼稚部、小学部、中学部と共通して上がったのは「iPad」。それぞれの発達過程を考慮しながらアプリを活用しているそうです。
その他の機器やアプリの具体例としては下記の物を紹介していただきました。

 

【幼稚部】

  • ・NHK for Schoolのアプリ
  • ・プロジェクションマッピングのアプリ
 

【小学部】

  • ・keynote(授業のスライドづくり)
  • ・足し算引き算などの計算アプリ
  • ・算数アプリ(4年生の算数で分度器で角度を測定する練習をする)
  • ・NHK for Schoolのアプリ
  • ・You Tube
 

【中学部】

  • ・スケジュール帳アプリ
  • ・日記アプリ
  • ・NHKのWebサイト
 

【高等部】

  • ・音声を文字情報に変換する会話アプリ
  • ・Clip Box Motion
  • ・たすくスケジュール(以前、知的障がい児の指導で使用しました)
  • ・教員の自作アプリ
 

【支援部※】

  • ・音声を文字情報に変換する会話アプリ
※平塚ろう学校には学部を越えた支援・指導を行う支援部があり、「地域支援」「相談支援」を行っています。
平塚ろう学校の支援部についての詳細は、こちらをご覧ください。

 

ICT 機器を導入するメリットは何ですか。

視覚教材として動画や写真を取り入れやすくなったことで、子ども達のイメージが湧きやすくなった、という意見が多くありました。
デジタル機器の利点を活用できるシーンが多いようです。
 

先生方の声
  • 「視覚優位な児童にとっては、アプリを介して話した内容を文字にすることで、理解がスムーズになりました。」(小学部)
  • 「これまではプリントに写真などを添えて教材を作成していましたが、準備に手間がかかるうえ、印刷の関係で黒くなってしまったり、見えづらかったりすることもありました。iPadのスライドをスクリーンにカラーで大きく映すことができるようになり、さらに動画を取り入れやすくなったことで、絵や写真だけのものよりイメージしやすくなりました。児童たちの興味の持ち方が変わったように思います。」(小学部)
  • 「ゲーム感覚で計算練習ができ、集中して取り組めます。」(小学部)
  • 「校外学習の際、地図アプリを用いて、場所や行き方を確認するのに役立ちました。」(中学部)
  • 「離れていながら多彩なコミュニケーションが可能になりました。」(高等部)
  • 「授業者側の時間短縮になります。」(高等部)
  • 「情報保障の人手を割かなくてよいので、余裕を持って指導ができます。」(支援部)
  • 「生徒の得られる情報量が増えました。」(支援部)

逆に、ICT機器の導入のデメリットは何があるのでしょう。

各部門から多く上がったのは次の2点です。
「授業者側にアプリや機器を使うための専門知識や技術が必要。特に接続がスムーズでないと使えるまでに時間がかかり、授業時間を割いてしまうので、子どもを待たせることになる。」
「ICTがあれば情報保障が充分、ということではない。依存のしすぎには注意が必要。」

これらはICT活用を推進していく上での注意点とも言えそうです。

 

先生方の声
  • 「ICT機器をもっと活用できればという思いがありますが、どのくらい効果的かもわからない状況なので、アプリの購入希望を出せず、機会をうまく活かせていないように思います。」(高等部)
  • 「ICT活用は授業者側の時間短縮にはなりますが、自分が小学部を指導するときはやはりアナログに戻りました。課題は汎化です。ふりかえり、あるいは記憶を呼び戻す際には、実際に使ったものが、エピソードとともに戻ってきます。高等部でもそれは同じです。
    そこで、消えてもよい、でもアプローチのためには必要な情報はパワーポイントにしたり、ICTを利用している一方、繰り返し学ばせたいものは掲示物にする、と、今も使い分けています。」(高等部)
  • 「誤変換があると、生徒が誤変換に気を取られます。」(支援部)

ICT 活用において、聴覚障がい児への配慮として、聴覚障がいのある成人とは違う点はありますか。

「文字掲示のルビ」に配慮が必要、との意見をいただきました。
一律にルビを付けるのではなく、読める漢字、読めない漢字に個人差があるので、生徒の実態を掴んだ上で、学ばせたい狙いをもってルビを掲示することが必要になってくるそうです。

また、周囲の理解も必要との声もありました。

今後の展望や期待などあればお聞かせください。

いただいた意見は、「環境面に関する要望」と、「アプリ等に関する期待」に大別できました。
今後のさらなるICT活用に向けての課題となりそうです。
 

先生方の声

環境面の要望

  • 「もう少しシンプルに楽につなげられるケーブルがほしいです。」(幼稚部)
  • 「iPadをもっと使いやすくしてほしいです。所有台数を増やしたり、常時インターネットにつながるようにしたり、保管場所のカギを借りやすいようにしたりするなど。」(小学部)
  • 「iPadにどのようなアプリが入っているか分からないので、一覧があると助かります。」(小学部)
  • 「ICT機器の接続や設定がより簡単になると良いです。」(支援部)
 

アプリへの期待

  • 「各学年に合わせた理科教材や算数教材のアプリが使えるようになると良いです。」(小学部)
  • 「動画に字幕がないことが多いので、簡単に字幕変換できるものがあると助かります。」(小学部)
  • 「音声を文字情報に変換する会話アプリを活用していきたいです。」(小学部)
  • 「重複障害クラスなどで、楽しみながら学べるアプリがあると良いです。」(中学部)
  • 「アプリが教材として使えるかどうかは、使ってみないと分かりません。また、使えそうなものであっても、子どもに合わせて手直しできなければ継続的には使えません。気軽に試したり、子どもに合わせて手直しできるアプリが手に入る仕組みが欲しいです。」(高等部)

使用しているアプリの例

NHK for Schoolのロゴ

NHK for School

NHKの学校向けコンテンツ、「NHK for School」の公式アプリ。

発達段階に応じたいろいろなプログラムがあるので、教育現場で広く活用されている。

終わりに

ICTの利活用により、先生方の準備の負担が減る点もあり、子どもにとっても得られる情報が増えている様子がよく分かりました。
逆に「かえって負担が増える」という声もあるので工夫や改善は必要とは感じますが、今後ますますICTの利活用の場が広がっていくことが期待されます。

一方で、耳の不自由な子どもが学習内容を習得するには、健常児よりも丁寧なサポートが必要となるため、やはりアナログ的なアプローチが不可欠なこともよく理解できました。

便利な機器やアプリを活用しつつ、先生方や保育者が子どもと向き合える余裕を持てるようになると、よりよい環境につながると感じました。
 

取材先

平塚ろう学校イメージ

神奈川県立平塚ろう学校

神奈川県平塚市大原2-1

学校ウェブサイト

https://www.pen-kanagawa.ed.jp/hiratsukarou-sd/index.html

取材

2019年10月

ページトップ